言うだけ言う「報告」。

鹿児島新港より乗船すること12時間。

朝五時に到着した奄美大島の港は薄暗さを湛え、温暖な環境に特有の皮膚に張り付くような湿気に満ちていた。朝日が昇るにつれ、島の要衝である名瀬港周辺の街並みにもぼんやり人の気配が漂ってきた。本島は佐渡島に次ぐ日本で面積5位の島だけあって、観光はもちろんのこと、あらゆる産業はそれなりに整っており、一週間ほど滞在することになったが何不自由なく生活を送ることができた。

そも、どうして奄美大島に行くことになったかというと、単純に仕事の関係ではあったのだけど、自分自身が生来「島」という存在に非常に興味があった。これまでにも様々な島を巡る機会はあり、その都度新鮮な関心を掻き立てられてきた。奄美大島も例にもれず、他の島に類を見ない魅力に溢れており、とりわけ生物という観点に自分の興味の矛先は向いた。

滞在三日目の夜、島の中心部を外れた県道から逸れる林道でナイトツーリングを敢行した。いわく、その林道付近では国の天然記念物であるアマミノクロウサギが目撃できるほか、絶滅危惧種に指定されているアマミイシカワガエルやアマミハナサキガエルなどが確認できるということだった。誘いを受け即決で了解し、自分は懐中電灯とスマホを手にナイトツーリングに同行した。結果として目視することができたのはアマミハナサキガエル、アカマタ、それから計5羽のアマミノクロウサギだった。とばりを下した宵闇からはリュウキュウコノハズクらしき鳴声も細々と聞こえてくるが、姿を見ることはなかった。

写真や図鑑でしか知らなかったアマミノクロウサギは自分が想像していたよりも小柄であり、暗闇に明かりを照らすと薄白い光の中にもやっとした黒団子がいるようにしか見えなかった。実際のところ、遠目に少しばかり身じろぎする姿や草を踏む足音なんかで黒い丸い物体がそれだということは理解できたが、これはまたそれなりに耳を澄ませ、目を凝らさないとすぐには見つからない生き物なのだということも理解できた。とは言え、本種が頻繁に出現する林道というだけあって片道3キロ程度の道路は対向車が来ることもしばしばあったし、ナイトガイドなんかでも利用される道でもあった。そのためか我々人間が来るということに対して繊細な警戒心を備えていたかというと実際はそうでもなかったように思う。

ただ、それらを差し引いても初めて訪れた奄美大島の地において国の天然記念物である生き物を自分の力で目撃できたという事実は大変喜ばしいことであり、何やら神秘的な感覚を味わうことができた。その土地の住民からすると稀有なことではないのかもしれないけれど、初めての場所で初めてのものを見るという経験は大いなる価値を宿している、そういうふうに言い聞かせても悪い気はしなかった。

翌日は午前中であらかた作業を片して、午後からは自由時間を確保することができたため、南方系の島に特徴的なマングローブ林にて初カヌー体験をした。カヌーは初心者でもある程度のバランス力と腕の力があれば、相応のスピードも出るし、旋回も容易にできた。上流から河口にかけては流れが速く、頑張ってパドルを漕いでも水流に抗うことは困難だった。ようよう浅瀬まで到達したところで、船を降り、船頭に縊られた紐を揺曳してスタート地点に到着した。カヌー体験の際はちょうど大潮の干潮時で、オヒルギ・メヒルギの気根がまるごと見える状態だった。

自分らは潮の引いた泥の上を歩きつつ、マングローブ林の奥地へと踏み入れることができた。その際、遠目に哺乳類を見つけることができた。本島に生息するリュウキュウイノシシだった。これまた図鑑でしか見ることのなかった動物であり、まさかこんなマングローブ林のぬかるみにいるとは露も思わなかった。しかし確かに彼はそこにいて、自分らの存在に視線を向けていた。ガイドさんにこのような場所で見ることはありますか、と尋ねると「実は本物を見るのはこれが3回目です、マングローブ林で見ることはまずないですね」とおっしゃった。

確かにイノシシという動物の生態を考慮すると、普段は山奥や平地など、陸上で生活しているイメージしか持っていなかった。それが汽水域という水辺の性質を持つ地域で見ることができたことは純粋な驚きだった。イノシシが干潮時に現れる泥の中の生き物なんかを探しに来たのか、単純な気まぐれだったのかどうかは知る由もない。

ともかく、今回の奄美大島の旅では、初見の生物に多く出会えることができた。これがもっとも自分にとっての財産であり、なかなかその事実を他人と共有することができないことはもどかしい気持ちもあるけれど、こうして文章に起こしてみると改めてその当時は運が良かったな、と思うばかり。や、ほんとうに良かった。

今後また行くことがあるかどうかは定かではないけれど、また訪れる場面に恵まれれば、そのときはより未知の体験ができるように今からでも得を積んでおくようにします。 

では、また。