コロナに罹患した勇者

大学生になってから風邪らしい風邪とは縁がなく、コロナウイルスが蔓延してからも罹患することはなかった。

のに、いざなってしまうとどうしようもなく情けない気持ちと人に迷惑をかけてしまうことへの罪悪感が膨らんできて、嫌悪にまみれた。ちょうど五月の終わりの週。高熱と喉の痛みを発症し、病院で診察を受けたところ抗原検査によって陽性反応だった。コロナウイルス自体が5類に移行したあとで、実際の対応としては薬を処方してもらってその後は自宅療養(外出は極力避ける)というふうになり、言ってしまえばインフルエンザウイルスと同等の扱いになった。

とか言うけれどインフルエンザになったことはなかったので、久しぶりに38度代の高熱と喉の痛みにうなされる日々が2,3日続いた。喉が痛くて困るので寝ている間に喉が乾燥して、短時間で目が覚めてしまうだとか。それから薬を飲んで痰が絡むようになるので、それで喉につっかえを感じることだとか。その他、コロナに罹患して外出がしにくかったのが何より気力をそいだ。ほんとうに百害あって一利なしとはこのことで、一週間程度の療養を約束されたはいいものの、誰かと付き合ったり、食事に出ることもできず、兎に角熱が引いてしまうと暇を持て余してしまうというもの、面白くないことの一つだった。


そんなんですることもなし、食べる寝るだけの日々に飽き飽きしてしまった二日後、やっぱりゲームをして時間を潰そうという考えに至り、どうせ食指を動かすのなら没頭できるものにしたかったので『ゼルダの伝説 ティアーズオブザキングダム』を遊ぶことにした。ゲーム内容としては勇者リンクが魔王ガノンドロフにさらわれたゼルダ姫を救うという冒険RPGで、本作品は広大な世界を旅するオープンワールドが舞台になっている。自分はこれまでのRPGの経験としてしっかり序盤を攻略し、どんどん強くなり、仲間を増やして最終的にラスボスにまみえるという王道が好みなので本作においてもそれを踏襲することとした。

というか、前作の『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』でも同じような遊び方をしたし、その当時のオープンワールドという世界観での楽しみを知っていたので、ちょうどいい機会だと思い、手を伸ばした次第だ。

ティアーズオブザキングダム(略称:ティアキン)は時系列としては前作の続編という形になっている。したがってストーリーに登場するキャラクターたちも前作を知っていればより没入できるようになっている。

ティアキンの魅力、というかこれは前作においても同じだったけど、冒険をただ一本の線をたどるように進んでいくのではなく、オープンワールド特有のどこからでも冒険を遊べて、それぞれに手がかりがありプレイヤーごとにクリアまでのルートが多種多様あるというのが非常に面白く、またプレイヤーたちの創造性やアイデアによって異なる攻略方法が見いだされるという点も、ファンから愛される要因の一つだと感じる。

ティアキンでは100を超える「祠」と呼ばれるミニゲームが存在し、そこではいわゆる謎解きを求められ、プレイヤーは思いつく様々な方法でゲームクリアを目指すんだけど、それが子どもでも大人でもしっかり楽しめる工夫がされている。実際に、自分もなるべく極力攻略法を知らないでクリアしようと試行錯誤をしてみるけれど、一カ所だけどうしてもクリア方法がわからないで調べてしまったことがあった。小一時間悩むことなんてザラにあって、すぐにクリアできればそれは嬉しいけれど、それ以上に頭を使ってああでもないこうでもない、と失敗と挑戦を繰り返すなかでクリアへの糸口を見つけ、結果的にクリアしたときの達成感の方が何倍も充足感がある。やっとクリアできた~、という頑張って報酬を手にすることはとても重要なポイントで、人生にも通ずる部分だと感じた。大人になってから遊ぶからこそ思いつくような賢い選択もあれば、子どもっぽい押せ押せでどうにかなる場面もあり、色々な自分を思い出しながらずっと遊んだ。

コロナで療養している期間中、一日の15時間くらいはずっとティアキンに没頭していた。寝食を忘れてマジでそれしかしてなかった。おかげで3,4日で50時間程度プレイしていた。でも実際それだけ遊んで見たけれど、その当座においては全体の2割もクリアできていなかった。ストーリーを進めていけば行くほど全然進捗がないことに気づくのは、このゲームならではの錯覚で、こんだけやって結局これだけしか進んでないんか、といういい意味での絶望を何度も味わう。やっているうちにそんな細かいポイントはすっとばしてサッサとゼルダ姫救いに行くべきちゃうんかと思ったりするけれど、道中で苦戦している間は「いやこのままじゃ無理やで。ゼルダ姫を助ける真の勇者はこんな雑魚どもに手間をかけるほど愚鈍ちゃう。そんなヘッポコ勇者はこの世界じゃ使い物にならん」と自分に言い聞かせて、結局ダラダラとストーリーを進めている状態。

しかもこのゲーム、戦闘自体もちゃんと難しい。その戦闘を有利に進めるためにプレイヤーは頭を使わないといけないのだが。いかにしてラクに効率よくクリアするかというのは、ゲーム内では書かれていないけれど暗黙の使命であり、自分が持っているアイテムを工夫してこそプレイヤーとしての技量が測られるというもの。自分だけの勇者リンクの戦いをきわめてこそ、魔王ガノンドロフとの戦いには味わいがあるというもの。すなわちプレイヤーはゲームを通じて己だけのテクニックを身に着け、プロフェッショナルにならなければいけない。

近年のゲームはどちらかと言えばオンラインゲームが主流で、ソロプレイで黙々と遊ぶ作品は最近かげりを見せていたけれど、ティアキンにおいてはソロプレイこそが至高で、ソロプレイだからこそ自分のテクニックだけを磨く努力ができる良質なゲームと言える。

テクニックを磨けば戦闘は有利になるし、幅も広がる。苦戦していた相手に対するアプローチも変化していく。今はSNSなんかでたくさんの勇者の面白い遊び方を見ることができ、たまに暇な時それを見てこんなやり方があるのか、と舌を巻くことも多い。プロフェッショナル勇者が多すぎる。

このゲームにはとにかく物量という意味での時間が非常に必要で、単純なストーリー攻略だけでなく、道中発生するイベントやエピソードをこなしていくためにも相応の時間を要する。しかし、それらのイベントは確実にその世界における謎を解き明かす手がかりのヒントになっていて、すべてのイベントやコレクションを網羅したときにはおそらく世界の真相にたどり着くのかもしれない。だけどそれにはもう本当に莫大な時間が必要になってくる。

今はもう職場に復帰して、仕事終わりに家で遊んだり休日に遊ぶことしかできず、それならもうずっとクリアできるまでコロナで休んでいる時間が続けばいいのに、と思ってしまうんだけど。けどまあ実際のところ、現実における自分はゼルダの伝説における勇者そのものであり、また自分の人生もオープンワールドと同等ということで、自分は自分なりのプロフェッショナルにならなくちゃいけないのもまた使命であり、だけど現実においてはウルトラハンドもなければモドレコもない。トーレルーフもないし、パラセールで好きなところにもいけない。高いところに行けばあるはずの鳥望台も見つからないし、空島も地底も冒険するには危なすぎる。剣も盾も一般的には入手できないし、実際の現実の相手と言えば取引先の人や自分の業務、身に降りかかる災難だとか、国の問題、世の中の不条理だとか、そういう煮詰まったものばかりです。それをクリアしたり、こなしたからと言って良いアイテムをゲットできる保証はないし、泡を食うこともたくさんありますよね。

そんな感じで結局なんなのかと言えば、なんでもないのだけど、今の気持ちとしては仕事を定時で帰って何も考えずにティアキンすることが至福ということです。

また次回